目の前で、男の人と女の人が喋っていた。
「本当に、良いのですか?」
「あぁ……その子を、頼む。いずれくるであろうその時まで、強く……」
「それがあなたの望みならば──」
男の人から女の人に小さな男の子が託された。
女の人は大切そうにその小さな男の子を抱えると、男の人に一例をし、その場から立ち去った。
「リィン、どうか強くなってくれ。そして、いつかその時が来たら、私を──」
俺は太刀を手に取り、いつものように朝の鍛錬をしようと部屋から出ると、目の前にこの時間はたいてい寝ているはずの兄のような存在であるマクバーンがいた。
「ま、マク兄!?」
「よぅ、リィン。今から鍛錬か?」
「そうだけど……」
「お前……今日からトールズとかいうところに入学するんじゃなかったか? それなのに鍛錬するのか?」
そう、今日からトールズ士官学院に入学することになっている。だから不思議なのだろうか。
毎朝の鍛錬は日課なので、この日もやるつもりで早めに起きたつもりなのだが。
「今日ぐらい止めとけ。俺が早めに起きてやったんだ、朝飯一緒に食うぞ」
そういい、マクバーンは俺を抱きかかえる。
小さい頃からずっとこんなふうに抱きかかえられていたが、さすがに大きくなって恥ずかしくなってきた頃に止めてくれと頼んだが、一向にやめる気配はない。言っても無駄なんだろうなと思っている。
マク兄の中では俺はまだまだ子供なんだろうな、と思う。
結局、俺はマクバーンに抱きかかえられたままリビングに連れて行かれ、一緒に食事をとることになった。
「向こうでクロウと合流するんだろう?」
「あぁ」
クロウとは、今はまだ水面下で活動している帝国解放戦線という、テロリストだが、そこのリーダーをやっている人だ。俺とは2歳違いなのに、なんだか大人びてて、それでいて凄く強い。帝国解放戦線の中では最年少なのにリーダーなのが、その証拠だろう。
そのクロウと出会ったのは約3年前。最初は任務とかでもなく、ただ普通に街に行っていたとき。どうしようかと迷っていたときに声をかけられ、行動を共にしたのがきっかけだった。
その後、ヴィータ姉に連れられていった帝国解放戦線の幹部との邂逅したときに彼と再会して、帝国解放戦線のリーダーだと知った。それから色々とあり、今では一番大切な人になっている。そんな彼の手伝いをするために、彼が今身を置いているトールズ士官学院に俺も入学する。
「ま、無茶だけはするなよ?」
「わかってるよ。母さんにも言われたし……」
「鋼にも言われたのか。まぁ、お前放っておくとよく無茶するからな」
母さんと同じことをマク兄にも言われ、そんなにかな?って思うが、2人が同じことを言うのならそうなのかもしれない。
その時、マク兄がクロウにも言っておくかとか思ってたことなんて、俺は知らない。
時間になり、俺は今はトールズ士官学院があるトリスタに来ていた。ライノの花が満開でとても綺麗だったので、見惚れた。
「綺麗だな」
「そうだろう?」
独り言を言ったはずなのに、受け答えが返ってきて少し驚いてしまったが、その気配はよく知っている人物のものだった。
「クロウ」
「よぅ、リィン。入学おめでとうさん」
「はは……ありがとう」
クロウと話しながら学院の校門へと向かった。その途中で同じ赤い制服を着た生徒を数人目撃した。彼らも同じⅦ組だろう。本年度から発足する”訳アリ”の特別クラスという──。
「リィン」
「ん?」
「何かあれば頼れよ、俺に」
「あぁ、もちろん」
俺が一番頼ってるのはクロウだよというと、クロウはとても嬉しそうに笑ってくれる。
校門についたところで、二人ほど人がこちらに向かってきた。一人は小柄な女生徒でもう一人は黄色い作業服を来た男だった。
「よう、トワにジョルジュ」
「あれ、クロウくん? どうして?」
「俺の身内だからな、迎えに行ってたんだよ」
「リィン・アームブラストです」
お辞儀をしながら名乗ると、トワと呼ばれた女生徒に驚かれた。なんでだろうか。
「本当にクロウくんの身内!?」
「えっと……?」
クロウの方を見ると視線を明後日の方向に向いている。
これは後で話を聞かないとな。
「後で言っておきます」
「あ、うん。お願いね」
笑顔で言ったはずなのに、なぜか怯えられてしまった。なんでだろうか。ジョルジュっていう人にも。そしてクロウも顔を引き摺っていた。
気を取り直したトワに太刀を預けると、入学式が始まるため、講堂へと向かった。
入学式が終わると、各生徒たちはそのまま講堂を出て行ったが、俺達はそのままそこに残っていた。Ⅶ組とは聞いているが、教室とかわからないんだよな。そんなことを考えていたら、俺と同じ赤い制服を着た生徒は赤毛の教官に集めらた。
「君たちにはこれから『特別オリエンテーリング』に参加してもらいます」
それを聞いた同じ赤い制服を着た人たちは戸惑っていた。俺はなんとなくクロウから聞いていたから驚きはしなかったが、流石に戸惑うよな。
赤毛の教官は、本校舎ではなく、その裏にある校舎の方へと向かい、中へと入っていく。それに続いて俺たちも中に入っていく。そこで、教官は名乗り、俺達の担任だということがわかった。Ⅶ組と聞いて、他の生徒は戸惑っているのがわかる。
身分も関係なく選ばれたクラスだと聞いて、1人の生徒が声を上げた。マキアス・レーグニッツ──帝都ヘイムダルを管理するカール・レーグニッツ帝都知事の息子か。それとユーシス・アルバレアがそれによって言い争いが始まる。
(”訳アリ”か……)
色々と問題がありそうだと思っていると、サラ教官が2人の言い争いを止める。
そろそろオリエンテーリングが始まるらしい。数歩下がると、サラ教官はなにかボタンのようなものを押しているのが見えた。それと同時に、床が傾き、落ちていく。
落ちて行く途中で、危ないと思い金髪の生徒を助けたが、バランスを崩した結果、彼女に頬を打たれてしまう。助けるんじゃなかったかな。まぁいいか。その時になれば、容赦なく切り捨てればいいのだから。
地下に落ちると、そこには各自の武器と用意されていたマスタークォーツを手に入れる。それをセットし、オリエンテーリングが始まった。ユーシスとマキアスはそれぞれ1人で中へと入っていった。女子は銀髪の少女以外は一緒に行動するようだ。俺はガイウスとエリオットと一緒に行動することになった。本当なら1人でも行けるが、流石に本気を出すのはまずいしな。
そこからは、色々とあったが、出口へと向かい、無事にクリアすることができた。
その後は、俺たちⅦ組の寮へと戻り、ベッドへと倒れ込む。
(流石に色々とありすぎて疲れた……)
ため息をついてると、窓からノックする音がした。窓の方へと目を向けると、クロウがいた。
「おつかれさん」
「クロウ……」
窓から入ってきたクロウに思わず抱き着いた。
「くく、どうしたよ。色々とあったようだから疲れたか?」
コクリと頷くと、クロウは更に強く抱きしめてくれた。クロウの腕の中は本当に安心する。
「そういや、お前、頬を叩かれたとか聞いたが、大丈夫か?」
「なんで知ってるんだよ……まぁ、あんなの大したことないよ」
そう言っても、クロウは頬をなでてくれ、心配そうにしてくれる。本当に大丈夫なんだが、そうやって心配してくれるのはとても嬉しい。
抱きしめられていると、次第に睡魔が襲ってきた。どうやら、思ったよりは疲れていたようだ。
「寝ていいぞ、リィン」
「ん……おやすみ、クロウ……」
「あぁ、おやすみ」
そう言った後、俺の意識は眠りへと入っていった。
寝入ったリィンをベッドに寝かせてやる。すやすやと眠るリィンはどこか幼い。
叩かれたであろう頬に手を添える。
リィンは大したことはないと言ったが、やはり自分のものを傷つけられたのには腹が立つ。今は計画のため何かを起こすわけには行かないが、その時が来たら、容赦しない。
サイト掲載日 [2021年4月23日] © 2021 唯菜