SPEEDY’S COMING

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「戦術教練、だと聞いていたんですが」

ライノの木が燃えるように赤く紅葉している。
トールズ士官学院のグランドの片隅に各々の武器を持って集められた面々を前に、サラは笑みを刷いて頷いた。

「ええ、そうよ」
「武器を交換する意味がわかりません」

半眼で睨みつけながら疑問を口にする。士官学院の教官に対して取る行為としては褒められたものでないことは自覚しているけれど。特化クラスⅦ組の担任でもあるサラに対しては日頃の生活態度を目にしていることもあってか、素で接してしまう面がある。サラ教官本人もそれを咎めるような性格じゃないこともあって、悪習である自覚はあっても改善される見込みはあまりないけれど。

「武器っていうのはただ闇雲に振り回せばいいもんじゃないのはわかってるでしょう。それに、いつだって武器が手元にあるわけじゃない。どんな状況であっても生き抜くことが必要な時もあるわ」

その必要に迫られた末の選択が、紫電の二つ名と、銃と剣を併用する戦闘スタイルなんだろうか。
幾度も、その戦技は目にしてきた。共に戦ったことも、教練とはいえ壁として正面に立ったこともあり身にしみている。

「リィンやラウラにとっては剣が生き様なのかもしれないけど、生憎と戦場では正しさとか道だとか言っていられない状況ってこともあるしね」

サラ教官の言葉に、フィーがこくりと頷く。

「別に、万能であれとも、器用貧乏になれとも言うつもりはないわ。まぁ、リィンはその傾向があるけど」

指摘されたことに思い至ることもあって、反論は飲み込んだ。それを納得とみなしたのか、サラ教官はみんなに向かって腕を組み口を開く。

「まぁ、卒業して軍に入るなら、君たちは士官になるんだから自分以外の武器の性質や特性を知っていても損にはならないわ。敵に回った時の制圧もしやすくなるし味方をしてもらうのにも勝手がわかりやすいでしょ。部下を使うことにも通じることになる。まぁ君たちの場合、戦術リンクでお互いを把握してる分、白紙状態よりはわかってるでしょうけど」

だから武器交換をして、模擬戦をという趣向らしい。学院祭も終わり、帝国の空気が日々不穏さを増していく中で、進路として軍という選択肢があるこの学院も平和ではいられないんだろう。

「それで組み合わせは……」
「んー、自由に二人組作って、っていうのでもいいかなって思ったけど一応こちらで決めさせてもらったわ。リィンとクロウ、ラウラとフィー、ユーシスとマキアス、アリサとエマ、エリオットとガイウスね」
「ミリアムは……」
「アレを交換できると思う?」
「……無理ですね」
「えー、面白そうだからボクもやりたいのになぁ」

唇を尖らせて訴えるけれど、アガートラムを他の人間が操ることはむずかしいだろう。

「あんたは見学してなさい。それに情報局の人間にうちの子の武器の特性細かく知られるのもちょっと、ね」
「まぁしょうがないけど。つまんないよー」
「代わりに相手してあげてもいいけど?」
「やったー。サラ相手なら手加減いらないから楽しいんだよね、いっくよーガ―ちゃん」

グランドにアガートラムの姿を呼び出して戦闘準備に入るミリアムに苦笑しながら、クロウを振り返る。

「クロウ、よろしく頼む」
「おうよ」
「最近こういう分け方でクロウと組むこと増えた気がするんだけど」
「サラとしても、おまえに問題児押し付けておけば安心なんじゃね」
「自覚があるならもう少し素行を何とかしろ」

苦笑して、鞘に納めたままの風切を手渡す。代わりに返されたのは、クロウの銃のうちの片方だけ。クロウがいつも右手に構えるそれ、だけだ。

「……」
「お前なぁ、銃の扱いに慣れてない奴に二丁拳銃とかアクロバティックな真似させられるはずないだろうが」
「そりゃ、そうだろうけど」

なんとなく面白くなく感じてしまう。

「まぁ、少し撃ってみて慣れてからなら教えてやるよ」

わしゃり、と頭を撫でられて宥められる。どうしてこの男はいつもこうして子供扱いするんだろう。
手の中の武器の重みは、両手で持ってもそれなりにずっしりとくる。重心を計算されつくした太刀とは、まったく違う感覚。同じだとしたらおかしいんだろうけれど。
持ちやすいように作られたグリップは、片手で持つには大きくて両手でしか持てない。これを片手で構え、反動も抑え込むにはどれくらいの握力と膂力が必要だろう。後衛だから非力だと思い込んでいた自分の認識を、軽く頭を振ることで振り払う。
グランドの片隅に、簡易的に用意された射撃場。サラ教官が用意したのだろう的は落書きめいた人か人型魔獣なのか少し判断がつきにくいもので。

「銃を撃った経験は?」

俺の太刀を肩に担いで笑う男を、見上げる。

「父さんと猟で使った程度だ」
「じゃあ大体のことはわかるよな」

わかるといっても、照準を合わせて引き金を引くこと程度だ。熟知するほどに使ったわけでもない。

「一応の構造とか、簡単な分解清掃とか、やってはいけないこととかは父さんに教わった」

剣と同じく命を容易く奪う武器だ。扱い方を間違えれば、まわりの大切な人をも巻き込みかねない。

「なら十分」
「そうか? 俺が教わったのはライフルの扱い方だけだし、拳銃はまた違うんじゃ」
「基本的なことはそんなに変わらねえよ。構え方とかが違うくらいだな」

す、と背後を取られて一瞬身構える。仲間なんだから害意はないだろうとわかっていても見えないことに無意識に不安が募る。
後ろから回された手が、構えを整えてくれる。距離感が近すぎるんじゃないだろうか、これは。
クロウの息が触れて、鼓動が伝わりそうなほど。
他意は、ないんだろう。ただ授業の一環として、銃の撃ち方や構え方を教えてくれているだけ。他の意味なんてないはず。そもそも異性ならともかく同性で、そんなことを意識してしまう俺がおかしいのだろう。ずっと子供のころ、父さんに教えてもらったときも似たような教わり方をしたはずなのに。
俺が両手じゃないと支えきれない大型の拳銃を、片手で容易く操る掌が俺の手を、腕を支える。

「このままの姿勢を保ったまま、撃ってみろ」
「……え」

このまま?
後ろから支えられたまま、ということだろうか。振り返ればひどく間近で朱眸が笑っていて、狼狽えてしまう。
それでもこれだけ親身になって教えてくれているんだ。ちゃんと応えないと。そう自分に言い聞かせて、ゆっくりと息を吸って、吐く。
人だか魔獣だかを模した的から、サイトに焦点を合わせてトリガーに指を掛けた。ゆっくりと落ち着いて引いていく。どれくらいの遊びがあるのか。引き金を引くのにどれだけの力を加えるか。借り物のそれは手に馴染んでいるとは言い難くて、どこまでも手探りでしかない。
トリガーを引く指先にかすかな引っ掛かりを感じて、けれど意を決してそのまま引き切ってしまえば、銃に込められていた弾を発射するための導力が組み込まれたクオーツから満たされていくのを感じる。
本来ならば、理屈上それと知っていても発動までを把握することなどできないだろう。だから多分これも、錯覚なんだとは思う。
撃った弾は、的の頭らしきものを貫通して森へと消えた。

「ワンショットキルかよ」
「……クロウのおかげ、だろ」

俺がやったのはほとんど引き金を引いただけ、だ。構えるのも、なにもかもほとんどクロウがやってくれたから。
反動も、両手でだって抑え切れたかどうか。

「……こんな威力の銃を二丁も扱うお前が化け物だってことはよくわかった」
「お褒めにあずかり光栄って言えばいいのか?」
「褒めてないから」

無駄に心臓への負担が大きくて疲れた。ただ一発、弾を発射するだけだというのに。慣れない武器だから、だろうか。それともこの男のせいか。

「もう一発いくか?」
「……いや、もういいよ。少し休憩して次はお前の番、な」
「へいへい」

はぁ、と息を吐いて。まだ手の中にある鈍い銀色の武器に視線を落とす。クロウが慣れた仕草で安全装置を掛けるのを、ぼんやりと見つめる。まだ俺の後ろから手を伸ばしてやる必要があるんだろうか。
嘆息しながら周りを見れば、他の組もある程度いつもよりは近いけれど、クロウみたいにおんぶお化け状態ではなくて。

「なんでこんなに近いんだ」
「ちょうどいいサイズだから?」

どうせ俺は背も低いし鍛えても筋肉がつきにくいさとますます深く息を吐く羽目に陥った。

攻守を交代してクロウに太刀を持たせればそれが妙に様になっている。なんだろう。背が高くてスタイルが良ければなんだって似合うんだろうか。
女神の不平等を嘆きながら、基礎的な型の構えを教えていく。

「リィン先生……なんか、ユーシス坊ちゃんやラウラ嬢からの嫉妬の視線が痛いんですが」
「気のせいじゃないのか」

もしくはクロウの自意識過剰。そう切って捨てれば、そんなわけあるか馬鹿と食って掛かられた。

「お前なぁ、剣の道を志すモンが音に聞く八葉の技に対する憧れとかそういうものを理解しとけ馬鹿」
「そういわれても」

それを言えば帝国屈指のアルゼイド流やユーシスの宮廷剣術だって、そういう側だろう。アルゼイド流に関しては俺は一度手合せさせてもらったし。

「そもそも組み分けしたのはサラ教官だし、前衛後衛で組む時点でラウラやユーシスと同じ組にはなり得なかったしさ」
「お前何でそんな他人事なんだ……まぁ、八葉を学べる機会なんかそうそうないだろうし遠慮なく活用させてもらうが」
「中伝どまりの俺が教えるなんて烏滸がましいんだけどな」

呟けば。ぽんっと頭を軽く叩かれる。

「ばーか、お前はもう少し自信持てって」

そういわれても、性分というものはそう変わるものでもない。

「お前なぁ、帝都でもガレリアでもルーレでもこの上ない武勲上げて、学院祭でもあれだけ注目浴びておいて引きこもろうとするのは無理に決まってんだろうが」
「それも俺の手柄じゃないだろ」

運が良かったというか、みんなのおかげというか。むしろ、俺が何かを為したという感覚はないのに。
そう考えて、ふと違和感を覚える。
何故この男は、その場にずっと居合わせたんだろう。たまたまだというには、あまりに確率は低いんじゃないだろうか。

「お前個人の手柄じゃねえとしても、お前がいなければ為し得なかったんじゃねえ?」

かけられた言葉に、思考が中断される。

「それは……よくわからない、な」

正直なところ、自分がそんな大層な影響力を持っているとも思い難い。
Ⅶ組のみんなはそれぞれに個性が強くて優秀で、『訳あり』で。だからバラバラになりがちなのを何故か俺が重心として纏めているみたいに言われるけれど。
俺自身は、時流に流されているだけなんじゃないとは言い切れない。学生として、用意された舞台で用意された役割を演じさせられているだけ。本当はもっと、何者かの別の意図があるんじゃないか。
女神のお導き、なんて言葉では表せない、どこかきな臭くて不穏な糸。
たとえば、秘密結社《見喰らう蛇》。たとえばテロリスト《帝国解放戦線》。
見えていることなんて、氷山の一角なんだろう。本当のところなんて、きっと俺には思いもつかない深さで蠢いている。

「そういや怪盗《B》だったかも誑し込んだんだってな」
「……どう情報を歪めたらそうなるんだ」

性質の悪いものに興味を持たれた自覚はある。けれど、あれはただの愉快犯だろう。大見得切ってはみたけれど、いまだに俺にとっての真実なんて見つからない。
いつか、何かを掴むことができるんだろうか。

「お前にとっての真実を美しいだろうと思い込んだストーカー、だったっけな」
「おおむね間違ってない気がするけどな」

あれ以来、姿も気配もないからきっと飽きたんだろうと思っている。それとも、些末事に関わっている余裕が《結社》にもなくなってきているのか。
どちらにしても。

「碌でもないな」

誰にでもなく呟けば。ただクロウがにぃっと口端を吊り上げた。

放課後もトワ会長や他の学生の手伝いをしていれば時間は足りないくらいだった。貴族クラスの生徒が実家へ戻っていることもあって生徒会がこなさなければならない事務処理はこれまでよりも増えている。いくら優秀でも、仕事量が増えて働き手が減れば能率なんて上がるはずもない。
今日中に終わらせるべき書類をなんとか片付け終えたのは、もう外が暗くなった頃だった。
会長を第二学生寮まで送って、重い脚を第三寮へ向ける。部屋に帰ったら、そのままベッドに沈み込んで寝入ってしまうんじゃないだろうか。
苦笑しながらドアを開ければ、優秀な管理人の料理のいい匂いが鼻腔を擽る。
そうしてやっと、空腹に気づいたことに嘆息する。普段通り過ごしているつもりなのに、どうして今日に限ってここまで疲労を感じるのか。いつもならば生徒会の手伝いを終えた後には会長が紅茶を入れてくれたりしたけれど。
――きっと。俺もみんなも、そういう『余裕』がもう擦り切れ始めているんだろう。

「よっ、お疲れさん」

寮のロビーのソファに寝転がっていたクロウに声を掛けられて、目を眇める。

「クロウ、応接セットで寝転がるな。寮生ならともかく他の客だってくるかもしれないだろ」
「お堅いねぇ」
「堅い柔らかいじゃなく常識だと思うけど」

見下ろした先、上機嫌な猫を思わせる朱眸が眩しくて目を逸らす。それが気に障ったのか、不意に腕を掴まれた。

「……ぇ」

身構える隙すら与えられず、視界が反転する。あまり見上げた記憶のない、寮の天井。それがクロウの肩越しに見える。

「そんなにがちがちに真面目だと、疲れねえ?」
「言うほど真面目でもないつもりだけどな」

だから。この状況には異を唱えたい。何故、寮の応接セットで男に押し倒されなければならないのか。

「本気で顔色悪いし、熱っぽいみたいだからな。ちょっとでも休んどけって」
「駄目だ」
「……おい?」

朱い双眸がわずかに細められる。垂れ目がちだというのに眼差し自体は鋭いそれが、ほんのわずかな動きだけで剣呑さを増すのをぼんやりと見上げて笑った。

「今休んだら、明日の朝まで寝てるだろうから」
「……おまえ、なぁ」

どうしようもない奴だという様に苦笑されて、上から頭を撫でられる。大きな掌の感触と温度が、心地いい。まるで眠れないとぐずる赤子を宥めるようなそれに、本来ならば憤るべきなんだろう。少なくとも、いい年をした男が男にする行動じゃないことくらい常識的にわきまえているつもりだ。
それでも。

「……夕飯の時間には、ちゃんと起こしてくれ」
「何をそんなに夕飯に拘るんだ?」
「今夜だけは……」

理由こそ思い浮かばないけれど、それだけは譲れない。切実なその願望を口にしながら、違和感に目を細める。
何故。
自問したところで、答えはどうにも掴むこともできなくて唇を噛みしめる。今夜の夕飯だけは、ちゃんと一緒に食べたい。みんな、と――そう考えて、何かが引っかかる。
みんなと食卓を共にすることは、この半年の間ずっと続いてきたはずだ。特別実習の間はA班B班で別れてはいても。そして途中から編入してきた二人に関してもそれは同じことで。
思考が上手くまとまらず、ゆっくりと身を起こす。

「お前な……何でそんな積極的なんだよ」

覆いかぶさられた状態で起き上れば、そのままクロウの胸の中に納まってしまう。
自分で思っていた以上に、思考が散漫になっているんだろう。けれど、感じる鼓動は心地よく思えて。
嫌なら、突き放せばいいだろう。元々お前が引き込んだんだ。
疲れ切っているせいか、人寂しいのかもしれない。触れたぬくもりを、惜しんでしまうのは。

「お前のせいだ、馬鹿クロウ」

呟いて、目を閉じた。

サイト掲載日 [2014年2月20日]
pixiv [2014年2月19日]
© 2014 水瀬

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